父が亡くなって気づかされたこと
父が亡くなって気づかされたこと
父が亡くなって、いろいろなことを考えるようになりました。
人が亡くなると、悲しみだけではありません。
今まで一緒に過ごしてきた時間を振り返ったり、
「父はどんな人だったんだろう」と考えたり、
「自分は父から何を受け取ったんだろう」と考えたりします。
そして、亡くなったあとだからこそ気づくこともあります。
父を見ていて、僕があらためて感じたこと。
それは、
「物ではなく、人や心を大切にして生きることは、とても大事なんだ」
ということでした。
父は母のことが大好きだった
父は、母のことが本当に大好きでした。
夫婦として長い年月を一緒に過ごしてきましたが、最後まで母を大切にしていました。
父が亡くなる少し前、母に向かって、
「〇〇〇、愛してるよ」
と何度も言っていました。
父がそんな言葉を口にするのを、僕はそれまであまり聞いたことがありませんでした。
だからこそ、その言葉が今でも心に残っています。
長い人生の中には、いろいろなことがあったと思います。
楽しいこともあれば、苦しいこともあったでしょう。
夫婦だから、ぶつかることもあったと思います。
それでも最後に残ったものは、
「この人を大切にしたい」という気持ちだったのかもしれません。
父を見ていて、
「一人の人を愛するって、こういうことなのかな」
と思いました。
たくさんの人に好かれることよりも、
たった一人の大切な人を、長い年月をかけて大切にする。
それも、素晴らしい人生なのだと思います。
父は物にあまりこだわらなかった
そして、もう一つ父から教えられたことがあります。
父は、物にあまりこだわりがありませんでした。
高価な物を集めるわけでもなく、
「これは絶対に捨てるな」というような物も、ほとんどありませんでした。
それは、生きているときには、あまり気にしていなかったことです。
でも、父が亡くなってみて、そのことのありがたさに気づきました。
もし父が、たくさんの物を大切にしまい込んでいたらどうでしょう。
「これはどうする?」
「これは捨てていいの?」
「これは残したほうがいいのかな?」
残された家族は、きっと一つひとつ悩むことになります。
物が多ければ多いほど、片づける時間も必要になります。
処分するにもお金がかかることがあります。
そして何より、
「捨てていいのか」という心の負担
が生まれます。
父は、そんな負担を僕たちに残しませんでした。
これは、今になって思えば、とても大きなことでした。
年齢を重ねるほど「持たない」という選択
若いころは、物が増えていきます。
欲しいものを買う。
思い出の品を残す。
「いつか使うかもしれない」と取っておく。
そうやって少しずつ物が増えていきます。
でも、年齢を重ねるにつれて、
「本当にこれは必要なのかな?」
と考えることも大切なのだと思います。
物を持つことが悪いわけではありません。
大切な物を持つことは素晴らしいことです。
でも、物に執着してしまうと、いつの間にか、
「物を大切にしている」のではなく、
「物に縛られている」
状態になることがあります。
だからこそ、まだ元気なうちに少しずつ整理しておく。
必要のない物は手放す。
「いつか使うかもしれない」ではなく、
「今、本当に必要なのか?」
と自分に問いかけてみる。
それだけでも、暮らしはずいぶん軽くなるのではないでしょうか。
平々凡々でいい
父の人生を振り返ってみると、ものすごく派手な人生だったわけではありません。
でも、それでいいのだと思います。
毎日を普通に暮らす。
家族と一緒に過ごす。
好きな人を大切にする。
人に優しくする。
周りの人と笑う。
そして、必要以上に物を欲しがらない。
そんな平々凡々な人生の中にも、たくさんの幸せがあります。
人生は、
「何を手に入れたか」
だけでは決まらない。
むしろ、
「誰を大切にしたか」
「誰と笑ったか」
「誰かの心に何を残したか」
のほうが、大切なのかもしれません。
周りを楽しくする人になる
父からもう一つ感じたことがあります。
それは、
自分の周りを楽しくすることの大切さ
です。
人生は、自分一人だけで生きているわけではありません。
家族がいて、友達がいて、仕事仲間がいて、地域の人がいて。
自分が笑えば、誰かも笑う。
自分が優しくすれば、誰かの心が少し軽くなる。
逆に、自分の不機嫌さは、知らないうちに周りにも伝わります。
だったら、
「この人と一緒にいると楽しいな」
と思ってもらえる人でいたい。
そんな生き方も、人生の大切な財産になるのではないでしょうか。
物ではなく、目に見えないものを大切にする
父が亡くなって、僕は「人生で本当に大切なものって何だろう?」と考えるようになりました。
家。
車。
服。
電化製品。
時計。
お金。
もちろん、どれも生活には必要です。
でも、それらは最後には持っていくことができません。
残るのは、
愛情だったり、思いやりだったり、笑顔だったり、思い出だったり、人とのつながりだったりします。
目には見えません。
でも、目に見えないからこそ、大切なのかもしれません。
だから僕は、これから少しずつ身の回りの物を整理していこうと思います。
「必要だから持つ」のではなく、
「大切だから残す」。
そして、不必要な物を減らした分だけ、
家族との時間を増やしたい。
人とのつながりを大切にしたい。
笑顔を増やしたい。
誰かに優しくしたい。
そんなふうに生きていきたいと思っています。
父が亡くなって、たくさんのことを考えました。
まだまだあります。
でも、今の僕がこのブログで一番伝えたいことは、
「物や物体ではなく、目に見えないものを大切にしよう」
ということです。
そのためにも、
自分の周りにある不必要なものは、少しずつなくしていったほうがいい。
物を減らすことは、人生を寂しくすることではありません。
むしろ、本当に大切なものを見つけるための余白をつくることなのかもしれません。
たくさん持つ人生より、
大切なものを大切にする人生。
たくさん集める人生より、
たくさん愛する人生。
父が亡くなった今、僕はそんな生き方をしてみたいと思っています。
人生は、何を持っているかではなく、何を大切にして生きたか。
父からもらった大切な気づきです。